私の出身地

平日は忙しくて週末しか更新が出来ませんねえ。申し訳ないです。
そんな週末も土曜日はちょっと仕事していました。仕事自体が多いのか、はたまた私の要領が悪いのか、とにかく片づけないといけないことがあれこれあって参ってます。
2月になれば毎年恒例の確定申告業務が始まりますのでそれまでにある程度目途を立てないといけません。あと1週間で終わるのでしょうか・・・。
前回は阪神大震災の頃のお話をしましたが、今回はもっとさかのぼった時代の話をしたいと思います。他人の昔話なんぞ聞きたくないや、と思われる方も多いかと思いますが、案外こういう話が私の自己紹介になるのでは、と考えていますので、もう少しお付き合い下さい。


私の出身地は滋賀県の彦根市という場所です。「ひこにゃん」でとても有名になった場所です。ただ私が生まれ育った場所は「ひこにゃん」の住処(?)の彦根城(江戸時代の姿がそのまま残っている天守閣(もちろん国宝)で有名)のある場所から2つ山を越えた場所(この山の一つは石田三成の居城があった佐和山)にあります。集落の名前がまんま「中山」と言います。未だに携帯電話が圏外になるような場所です。要するに「田舎」ですね。
ここに私は中学2年生まで住んでいました。中学3年生になった4月に現在住んでいる場所である京田辺市(当時は綴喜郡田辺町)に家族揃って引っ越してきました。
この引っ越しのいきさつを語ることは私のキャリアを語る上においても不可欠なことだと思います。私の父が税理士をしていたという話は以前したと思うのですが、そもそものきっかけは私の父の兄(叔父)が税理士をしていたところにあります。叔父は長男でしたが早い段階から京都/大阪/神戸方面に仕事の都合で出ざるを得なかったのだそうです。父と叔父はとても仲が良かったのですが、仕事の都合上どうしても長男として彦根の家を継げないため叔父は私の父に跡取りになってくれ、とお願いしたのだそうです。私の父は二つ返事でOKしました。しかし叔父が税理士の資格を取得して活躍していたのを見て父もその道に進むことを決心、仕事をしながら税理士試験に合格しました。その時私は小学6年生でした。
税理士の試験は会計科目2つ(簿記・財務諸表論→共に必須)、税法課目3つ(法人税あるいは所得税が必須科目、残り2つは選択科目(相続税・消費税・酒税・住民税その他→法人税・所得税の両方取ってもOK)を合格しないといけません。これら科目は一つずつ受けても構いません。ただし一つ一つの科目の難易度はべらぼうに難しいです。(正直公認会計士の試験より段違いに難しいです→私には拷問のように見えます)私の父も叔父も5科目合格するのに7年かかっています。
そして5科目合格してから税理士登録するためには会計事務所等での「実務経験」を2年間経験しないといけません。私の父はこの「実務経験」を叔父の事務所にて行うために私が中学1年・2年の頃は単身赴任に近い形で叔父の事務所に勤務していました。そして2年後に独立開業するにあたり田辺に拠点を構えて私たち家族も呼び寄せた、という訳です。田辺がスタートの地となったのは叔父さんの顧問先である不動産屋さんが田辺にあってそこに自宅兼事務所の建物を紹介してもらったことがきっかけでした。田辺の将来性も考慮してのことと思われます(時間はかかりましたが実際市制に移行しましたし人口もかなり増えました)。
それでは彦根の実家はどうなったのか。実は京都と彦根を行ったり来たりということになったのです。私も今父と同じように行ったり来たりしています。普段は無人ですから、実家はある意味「別荘」みたいなものになっています。彦根の実家周辺にも私の事務所の顧問先があるので&そこには毎月訪問していますのでそのついでに寄っています。私たちが彦根から田辺に出てきて20年以上なるのですが、この間に交通のアクセスがかなり良くなってさほど行ったり来たりすることは苦痛でもなくなったような気がします。
今回はこの辺りで一旦切り上げます。

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