Childhood’s End(Part 3)

私の幼少時代を振り返る内容、今年中に完結したかったのですが、もう少し書きたいことがあるので完結は来年廻しになりました。
私の子供が9歳になって色々なことをするようになってきました。
しかし今時の小学生はちょっと忙し過ぎるのではないか、と言いたくなるくらいですね。
うちの子供は近所の公立の小学校に通っていますが、ちょっと前までのいわゆる「ゆとり教育」の反動か、かなり授業のスケジュールがタイトになっているのに加え宿題だけでなく自主学習(やるやらないは生徒の自由ですがかなりプレッシャーかけられる)もしないといけません。
放課後も週二回のそろばん教室、ピアノとバイオリンのレッスン、塾とまではいかないのですが週1回学習教室に通って土曜日は近所の軟式野球チームで練習(これは自分からやりたいと希望した)しています。あとスポットでテニス教室や水泳教室にも行ってます。
夜になるとバタンキューですぐ寝てしまうのも納得です。
・・・私が9歳の頃とは全然違いますね。
上記の中で私がしていたのはそろばん教室とスポットの水泳教室(いつまで経っても泳げないのにシビレを切らした親が無理矢理通わせた→近所の公営プールで開催されている水泳マラソン(1回上限1000メートルで2年以内に42.195km泳げば完泳になって表彰してもらえる制度)を2回完泳している今となっては信じられないことですが)だけでした。他には特に課外活動はしていなかったと記憶しています。
前からここでお話しているように当時住んでいた場所は本当に田舎だったのですが、その気になれば同じくらいのことは出来たかもしれません。実際妹はピアノ習ってましたし(私も習っておけば、と今非常に後悔しているのですが→今からスタートしても大丈夫?)。
当時はまだ家庭用ビデオゲームもありませんでしたし、ではその有り余った時間に私は何をしていたのか?実は本ばかり読んでいました。
あとプラモデルを作ったりもしていたかもしれませんが、小学3年生ですしまだ可愛らしいものしか作ってなかったのでは、と思います。
とにかく本を読むのが大好きだった。自身も読書が好きだった父親(税理士試験大詰めの時期であまり構ってもらえなかったのですが→私が小学4年生の時に5科目合格(正確には6科目受かってしまった→その結果法律の定めで合格証書を貰えなかったという事件があったのですが))は特に読書を勧めてくれていたと記憶しています。確か「(おもちゃはダメでも)本ならなんぼでも買ってやる」と言ってましたっけ。
で、それ以外のことにはほとんど興味がなかったんですよ実は。
話にならないくらい運動神経がなくて外で遊ぶのもあまり好きでなかったし他に何かやりたいことがなかったんです。
これも今となっては信じられないことですが、私はパッと見おとなしいいい子の様に見えるのですが、実際は何をどうすればいいのかわからない、ビジョンも何もない、だから何もしたくない、ただそれだけだったんですよね。
小学校の卒業文集に将来何になりたいかを書く欄があって既にその時税理士になりたい、と記載したことを覚えているのですが、それも単に父親が合格して間もない時期でそれが何なのか全く理解もせず単純に親の跡を継げたらな、と漠然と思っていただけだったりします。
今思えばそれで大正解だったと確信を持って言えるのですが。
そんな訳であまり我が家には私が読みたくなるような本が置いてなかったので必然的に学校や市立図書館に通ってあれこれ本を読み漁ることになりました。図書館に通うのはとても楽しかったですね。
それだけじゃ飽き足らず友達の家や親戚の家にうちに置いていない本があれば(正直厚かましいのですが)それを本棚から引っ張り出して読んだりもしていました。
母方の親元に遊びに行った際外に遊びに行こうともせず置いてあった百科事典ばかりむさぼるように読んでいたら叔父にひどく怒られたことがありました。しかし何でそんなことで怒られないといけないのだ、と不快に思ったりもしたものです。
今だったら逆にそんな言い方はないだろう、と言い返してたと思いますが、この頃は超弱気で何も言い返せませんでした。
叔父としては子供は外で遊ぶもの、という固定観念があったのかもしれません。あの時代なら猶更そうでしょう。
でも私はそういう考え方は納得がいかなかったです。何をしようが勝手じゃないか、指図なんかしないでくれ・・・しかし誰もそれを理解してくれる人がいなくて寂しい思いをしていました。
あと小学生時代はかなり病弱、というかすぐ風邪をひいていたように記憶しています。
これも今思えば考えられないことです(ここ数年風邪ひいていないような気がする&風邪ひいても休んでいられないので基本気合で1日で治すように心がけています)が、やはり「病は気から」と言うようにとにかく何事に関してもやる気がない、外に出て何かしたいと思わないという性格からそうなってしまっていたのでは、と思います。
その点私の子供は度々皆勤賞を取ってくるのは偉いな、と思います。
基本的に多忙な日々ですがそれらを楽しんでいるみたいなので。ここらは当時の私とは全然違うような気がします。
そんな訳で今のうちの子供と同じ年の頃の私は日々悶々としていました。
この頃に数年後に登場する初代ファミコンのような家庭用ゲーム(既に存在していたかもしれませんが、田舎で所得もさほどない家庭ではそんなものは高嶺の花でした)なんぞが存在していたらどうなっていたことか、と思いますが、それも含め私の周りの環境が劇的に変わっていく(というか変わりすぎてしまう)のはその数年後のことになります・・・。
続きはまた来年。

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